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どうしてこうなった

 七人七色 絵には毒舌 心に花マルを(2)

「さて、文化祭に出す方の絵だが」
 ここからが本題だった。今までわたしが部活で描いた絵を台の上に全て並べ、国木田先生がそれを一枚一枚チェックしている。
「この中ならこれがいいかな」
 先生が指差したのは、水彩絵の具で描いた風景画。
「あ、私もそう思う」
 藍がそれに同意する。
「基調になっている青と緑の組み合わせがきれいだよね」
「うん、まあ、構図とかバランスとかその他ツッコミどころはたくさんあるが、これが一番風景画っぽく見える」
「ぽく、って何さ!? 先生何気にひどっ!」
 そして予想通りの物言いだった。
 が、先生はわたしの抗議を無視して続ける。
「で、こいつのタイトルどうする? 無題って言うのも味気ないだろう」
「え? やっぱり学校の中庭だからやっぱりそれっぽい名前がいいかも」
「「は?」」
 先生と藍の声がハモった。二人とも目を丸くしてこっちを見ている。
「し、志村。今何て?」
「へ? だから学校の中庭って」
「え!?」
 先生は顔を引きつらせながら、私と私の絵を交互に見比べた。
「すまん、志村」
「え? ちょ、何? 何なの?」
「俺はてっきりこの絵、ナウシカの腐海っぽい何かだと思っていた」
「ちょ、まじでひどっ!!」
 ちらりと藍の方を見ると、どうやら先生と同意見だったらしく、申し訳なさそうに目を逸らした。
「だって色がそれっぽいし、これ。ほら、この緑のうねって伸びているやつとか」
「先生、これ街灯なんだけど!」
「街灯? 巨大化したシダ植物か何かじゃないのか!?」
「巨大化したシダ植物って何!? こっちが聞きたいんだけど!」
 さすがにそのリアクションは予想すらしてなかったんですけど!
「まあ、ポジティブに考えるなら今後の課題とか見えてよかったじゃないか。これはこれで味のある絵だと俺は思うぞ」
「全然フォローになってなーい!」
 次は絶対に先生をぎゃふんと言わす。多分言ってくれないけど!
「で、次は市原の分か」
 先生は藍の描いた絵の方に目を向けた。
 藍は昔から漫画描くのが好きだと言ってるだけあって、やっぱり上手い。
 普通なら見落としてしまいそうな細かい部分もきっちり描き込んである。
 だけど、先生に言わせればそうすれば良いという訳でもないようで。
「細かく丁寧なのは持ち味でもあるんだが、市原の場合はやりすぎ感があるんだよなぁ。見たままを描きすぎて、絵というより写真を模写しているのに近いというか」
「え? よく見て描いたつもりなんですけど」
「あ、あー。うん、よく見て描くのは悪くないのだが」
 先生はどういったもんかとパーマ頭をガシガシ掻いた。
「たとえばこの絵の真ん中にある電柱。これ、この絵の主役か?」
「い、いえ。この絵は学校周辺の景色を描いたつもりで、特別電柱が描きたかったわけじゃないです」
「うん、じゃあなんで電柱描いたって話になるよな。実際、この電柱のせいで画面が左右にぶった切られている。つまり一枚の絵として見たときに邪魔になってるんだよ」
 先生が絵の電柱を隠しながら説明する。
「ほら、無い方がすっきりするだろ?」
「ほんとだ! こっちの方がいいかも!」
「要はモチーフを一番美しい形として絵にすることを意識しろって話だ。よく見て描くのは大事だが、市原の場合はそればっかりにとらわれ過ぎだ。もっと描きたいもの・魅せたいものを意識していくのが課題だな」
 そう言って、先生は藍に絵を返す。
 藍は少し戸惑ってから絵を手にすると、先生の方を見た。
「それって、元のモデルを好き勝手してもいいってことですか?」
 あれ、なんか声のトーンが低い。
「ちゃんとした景色や物があっても、描き手の都合で、自己満足でめちゃくちゃにして、そんなのってモチーフに対して失礼じゃないですか?」
「い、いや、そうじゃなくてな」
 予想外の反撃に、先生がたじろいだ。
「それに描き手の歪んだ物の見方で、周りが不快になるような作品になっちゃう場合だってあるんだし。例えば」
 そこまで言って、藍は口をつぐんだ。
「す、すみません。なんか言いすぎました」
「え!? 急にしょんぼりしてどうしちゃったの!?」
「い、いえ、本当にいいんです! 忘れて下さい!」
 そして藍は逃げるように場を去ろうとして後ろを向いた途端、嫌な音と同時にうずくまった。
「あ、藍! てか何やってんの!」
「つ、机の角がみぞおちに」
「本当、何やってんのあんたはー!」

 

 市原藍はガラス板みたいな子だ。
 部長である都 喜衣乃(みやこ きいの)先輩が前にそう言っていた。
 理由は「一見頑丈そうに見えて予期せぬ衝撃に弱い」だそうだ。
 じゃあわたしは何ですか、ときいたら先輩はちょっと考えてから「スポンジ。柔らか過ぎて一見頼りないが、多少ボロボロになっても問題なく使える」そして「藍と沙輝は足して2で割ればいい感じな気がする」と付け加えた。
 まあ、ビミョーに失礼な感じはするけど、先輩の言う通りわたしと藍は結構正反対な所が多いと思う。
 わたしは結構言いたいことをズケズケ言うタイプだけど、藍はどっちかというと口数少なめで聞き上手な方だし。あと、我慢強くて何でも丁寧にやるところはわたしにはない藍の長所でもあったり。ただ、それが裏目に出ちゃうこともあるけど。
「藍、何かあったー?」
「え?」
「藍は何かあると眉間にすぐ皺を寄せる」
 反射的に藍は眉間を押さえた。
「べ、別に何も。本当に大したことないから」
「そお? なんか国木田先生と喋っていた時から様子変だったし」
「ごめん、それは忘れて」
 あの後、先生は「市原は漫画とか空想画を描かせるとそうでもないのに、静物とか風景を描かせると、どうにも硬くなるのがもったいない」と言っていた。
「あ、先生の言ってることは分かるし、私の言い分は的外れなのはわかってて、すごい反省しているから。だから本当、忘れて」
「なんかよく分からないけど、いろいろ苦労してるんだね、藍」
 多分その半分くらいは苦労しなくてもいい苦労のような気がするけど。
「あ」
 突然の着信音。藍の携帯だ。
 藍は携帯を取り出し、液晶画面を一瞥すると、すぐにそれをしまった。
「あれ、出ないの?」
「ううん、小春(こはる)からのメールだった。どうせくだら、大した事ない用事だろうし」
 小春というのは藍のクラスメイトで、名字は確か郷田(ごうだ)さん。
 なんかすっごいアニメと漫画に詳しい人で、漫画の隠れた設定とかいくつか聞かされたことがある。
 だけど、大抵それを聞かされた後、藍は必ずと言っていいほど「あの子の言ったことは全部本人の妄想で嘘だから」と断りを入れる。
 ぶっちゃけその言葉の意味が分からない。ただの読者が勝手に設定を妄想してまるでそうであるかのように言いふらすってありえるの? それって変じゃないの? と返したら、藍はものすごく眉間にしわを寄せて、視線を明後日の方向へ向けながら「世の中知らない方が幸せな事がいっぱいあるのよ」と言われた。本当に意味が分からない。
 てか、藍の態度はどう見たって郷田さんを嫌がっているようにしか。それでいてどうして友達やっているのかが一番イミフだ。
「やっぱり作品って純粋に楽しむためにあるもんだよね、うん」
「え? 急に何言っちゃってるの、藍?」
「あ、ただの独り言。気にしないで」

 

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