七人七色 まつりの前(4)
「だー! これシャレになんないぞ! 風も強くなってきたし!」
豪雨の中ミチが叫ぶ。
さすがにこの天候だと一人で荷物を取りに行くには難儀という事で、男子の中からじゃんけんに負けたミチを連れて体育館へ続く坂道を登っていく。
「いっつも思うけどなんでうちの学校、体育館を山の上に作っちゃったんだよ! 普通、校舎のすぐ側だろ!」
「お手軽に運動できていいと思うが」
「それ思ってるの大将だけ!」
坂道がカーブしているところで、沙輝の言っていたボロボロのプレハブが見えてくる。大きさは自分の部屋と大差ないくらいだが、校舎からも遠いこの場所に何のために作られたのか。
「てか、後ろの樹、今のも倒れてきそうで怖いんだけど」
ミチがプレハブの後ろにそびえたつ雑木林を指差す。
その中で一番の大木の幹が斜めに生えてきて、それが丁度プレハブの屋根を横切っている。
「根元に蹴りを入れて反対側に倒そうか?」
「いや危ないからそれはやめて大将。てか、さっさと回収するものを回収して帰ろう」
埃と泥で変色している引き戸を開けて中に入る。電気のスイッチを押すと、数秒間の間をおいて蛍光灯がちかちかと光りだした。
「おー、電気生きてるじゃん。てかやっぱ埃臭いな、ここ。僕の体質には合わないって言うか」
「馬鹿言ってないで木材探すぞ」
まず目に入ったのは、入り口正面の壁沿いに置かれている大きなスチール棚。上段の方に冊子や黄ばんだプリントが乱雑に詰め込まれている。どう見ても重要な書類の類には見えないし、さっさと資源ごみに出してしまえばいいのにと思ったが、今はそんな事を考えている場合ではない。
私は部屋の奥、入り口から見て左手の方に目を向けると、思わず顔をしかめた。ミチなんかは「うわあ」と嫌悪感たっぷりの声を漏らしている。
確かに沙輝の言う通り、ここは臨時のゴミ捨て場になっているようだった。が、置き場のスペースを示している囲いから既にはみ出る程ゴミで溢れかえっており、どう見てもこれから我々がやろうとする作業は骨が折れるのは間違いないようだった。
幸い、ゴミと言っても段ボールや画用紙のクズと言ったリサイクル系のものや、板や角材と言った物ばかりで、生ごみや洗ってないペットボトルなど、できれば触りたくないゴミがない事だけは本当にありがたかった。
「ほら、ミチ。呆けてないでやるぞ。腹をくくれ」
なおも嫌そうな顔をするミチに声をかけてからゴミ山の方に近づく。一歩一歩進むたびに古い床がギシギシと不穏な音を立てながら浮き沈みする。
探しやすいようにまずは段ボールと紙類をどかして、一か所に固める作業から入る。物を動かすたびに埃が舞うのでマスクを持ってこればよかったと後悔した。
「大将、長さってどれくらいあればいい?」
「F20だからな。縦がこれくらいで、横がこれくらいだ」
私はジェスチャーで長さを示してみせる。
「思ったより長いな。10センチ20センチの長さのやつならいっぱい転がってるみたいだけど」
「それでも探すまでだ」
埃まみれになりながら作業を再開するが、5分も経たないうちにミチが飽き始めて、疲れたとごね始めた。
「ミチ」
「いや、休憩してるだけだからそんなに睨まないで!」
「始まってすぐ休むやつがいるか! 協力する以上はやる気を出せ!」
「だってこんな大変な作業になるとは思わなかったし、全然スタイリッシュじゃない!」
「それでも漢(おとこ)か!」
「男女差別反対!」
「そっちの男じゃない! 漢字の漢だ!」
「音じゃわかりづらい上にそもそも意味が分からない!」
その時、窓の外がカッと明るくなって、一瞬だけ室内の電気が消える。
何拍かしてから耳をつんざくような轟音が鳴り響き、ミチが軽い悲鳴を上げる。
「近くに落ちたな」
その落雷を合図にするかのごとく、雨音がさらに強くなってきた。プレハブの窓ガラスがバタバタと音を立てる。
「うわ、これもう台風来ちゃってるんじゃないの?」
「そう思うならさっさと探せ」
「う、ごもっとも」
ミチは肩をすくめて持ち場に戻ろうとし、ふと足を止めた。
「大将、何か聞こえない?」
「何かって何が?」
作業の手を止め、立ち上がる。
「ほら、なんか外でギシギシとかミシミシとか言ってる」
言われてみると、確かに雨音と風の音とは違う、何かが軋む音がかすかに聞こえてくる。
「これ、まさかプレハブやばいんじゃ?」
「いや、さすがに強風で大破するほどヤワではないだろう、多分」
正直プレハブの耐久性については全く分からないが、長居したくない気持ちは分かった。
「お、この長さならいいんじゃない? どうよ、大将?」
ミチが段ボールの下敷きになっていた二本の長い角材を引っ張り出してきた。どうして捨てられたのかが不思議に思えるくらい、状態のいいものだ。
「でかした、ミチ!」
そして長さも十分。あとは短い方の辺の長さ文あれば足りる。
「じゃあこれ、入り口の方へ置いておくよ」
ミチが角材を抱えてくるりと背を向ける。
と、その時だった。
「っ!?」
ドォン! と言う大きな音とともに室内全体が揺れた。
揺れは一瞬だったが、雷と同時に地震が来るなんて初めてだ。
いや、待て。今の揺れ方は地面ではなく天井から来なかったか? となるとこれは
「うわー、びっくりした」
顔を引きつらせながら立ちすくむミチ。
だが、次の瞬間、目に飛び込んできたのは今の衝撃でバランスを崩したスチール棚がミチめがけて倒れてきた。
「ミチ!!」
そこから先は頭が真っ白になって思考できていない。
自分の持ちうる最大の速さで、ミチを突き飛ばす。
と同時に、頭頂部に何とも言い難い衝撃が走った。間髪入れずに全身に襲い掛かる激痛。
気付いたら私は、スチール棚の下敷きになっていた。
痛みと重さ、そして落下の際にぶちまけられた棚の中身のせいで全く身動きが取れない。視界もほとんど暗く、数十センチ先の床がぼんやりと見えるだけだ。
ミチは、どうなったのだろう。ちゃんと無事で、ちゃんと助かったのだろうか。
「たい、しょう?」
床の軋む感覚と同時に、真上から弱々しい声がした。
「大将? ねえ、嘘だろ?」
ミチの声だ。よかった、どうやらミチが下敷きになるのはまぬかれたようだ。
そう安心した途端、ふと全身の力が抜けていくのを感じた。
「大将! 返事してくれよ、大将! ・・・・・・喜衣乃ちゃん!」