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WORST UNIT 5
第五章 価値なき歌(4)

 

 ホテルに戻ったトムは、早速机に向かい、報告書の作成に取り掛かった。
 ルルエルに会ったこと、ニーデルディアの不審な噂、それらを詳しく丁寧に、だが、ごつい書体で白い紙をどんどん埋めていく。
 そして、半分くらい書き終えた所でノックの音が聞こえた。
 ルームサービスを頼んだ覚えはないぞと首をかしげながらドアを開けると、そこには総会員の服を纏った男が立っていた。
「トーマス=テリートスだな?」
「いや、トムが正真正銘の本名です。で、どういったご用件で。」
 何てこった、とトムは思った。勿論名前を間違われたという事ではない。ルルエルとの会話がばれた可能性が高いということである。処罰はまず免れない。
 だが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「ご安心を。あなたを罰しにきたわけではない。ルルエルから話は聞いているだろう。私はその『反対派』だ」
「はい?」
 あの女、報告はするなといったはずなのに。それ以前にどうやって宿泊先のホテルと部屋の番号を知ったのか。不服に思いつつ、トムは彼を部屋の中へ案内した。
「さて、まず始めに言っておく。申し訳ないと思ったが君が監視課に回そうとした封書は我々の方へ預けてもらった。監視課の方にも反対派はいてね。大体総会長直々に視察へ行った直後に分校から教師が出向いてくるなんて、その時点で不自然だろう?」
「確かに」
 少なくともルルエルが密告したという線は消えた。それを理解したと同時にトムは彼女を疑った事を心の中で恥じた。
「そこで本題、だ」
 総会員の男は一息ついてから声のトーンを落とす。
「我々と手を組まないか?」
 男の目は本気だった。
「ニーデルディアに対抗するには少しでも戦力と情報が要る。あいつをこれ以上のさばらせるわけにはいかん。奴のせいで・・・・・・」
 以下、ルルエルから聞いた話と寸分違わない事例が延々と続き、トムはげんなりした。
「というわけだ。奴のせいで私は降格させられ、何のとりえのない奴が上の役職に就き、苦汁を舐めさせられたんだからな。あのルルエルとか言う小娘だって」
「あーはいはい、そうですか」
 げんなりさが頂点に達し、トムは気のない返事で話を切り上げた。
「せっかくですが、この話に乗るわけにはいきません。そもそも私は一介のヒラ教師にすぎません。ですが、ここにいる以上、私は分校の名を背負っているのです。ゆえに勝手な行動は許されませんし、私自身にも決定権はございません。それに」
 そこで言葉を切った。
(こいつらの目的は学園の秩序とか平和じゃない。ただの権力争いだ)
 あやうく喧嘩を売りそうになったが、とっさに「何でもありません」と訂正した。

 

 深夜2時を回った頃、ベッドで眠りに付いていたトムは、ただならぬ気配を感じて目を覚ました。
「全く難儀な身体だ。夜くらい寝かせろよな」
 教師見習い時代に行った、地獄ともいえるカリキュラムの経験もあってか、深い眠りについていても微弱な気配に体が反応してしまう。殆ど職業病だ。
 トムは身体を起こし、気配の元を探った。だが、室内にも扉を挟んだ廊下にもそれは存在しない。
 それでも、何者かがこちらへアピールしているのは確かだ。
「となると、外か」
 壁に背を向け、用心深く窓の外を見たトムはすぐに目を疑った。
 見間違い、人違いだったらどれだけ良かっただろう。だが、窓の下の裏通りでこちらを見上げているのは間違いなくあの学園教育総会を束ねる総会長・ニーデルディアであった。
 一体何故ここにいるのか。どういう目的なのか。自分の身の危険を感じつつ、トムは部屋を出た。
 数分後、トムはニーデルディアと対峙した。
 相手はデルタ校へ視察に来た時と同様、全てを見透かすような不適で不気味な笑みを浮かべている。
「このような時分にどういったご用件で?」
 否、聞くまでもなくトムには分かっていた。ニーデルディアは彼を反乱分子とみなしたのだろう。処罰の一つや二つで済むのであれば幸運だが、目の前の人物は何をしでかすのか検討もつかない。わからないから恐ろしい。
「レジスタンスと名乗る総会員に会いましたね?」
 ほら、やはりそう来た。トムは思った。
「はい、ですが彼は別に」
「あの会員は私が始末しました」
 数秒間沈黙が流れた。
 始末? 処罰でも処分でもなく、ニーデルディアは始末とはっきりと言った。
「理解できませんか? 露骨な表現で言えば抹殺したのです。邪魔でしたからね」
「な、何故!」
 理解できるはずがなかった。いくら邪魔だからと言ってこんな暴挙に出ればますます敵は増える。
 いや、それ以前の問題として、ニーデルディアがわざわざこちらへ出向いてこんな事を告げに来たということは。
 次の瞬間、トムは後ろへ飛んだ。手には長さ1メートル弱の三日月刀の具現武器(トランサー・ウエポン)が握られている。
「さすがですね。ま、この程度の攻撃もかわせないようでは教師など務まりませんか」
 トムがいた位置には暗くてよく見えないが、鋭利な黒い刃が数本、地面に突き刺さっていた。
「それがあなた、いや、貴様の本性か! 何を企んでいるかは知らんが、自分の邪魔になる者を消そうとするやり方は許さん!」
「いえいえ」
 熱くなっているトムとは対照的に、ニーデルディアはあくまで冷ややかな態度を崩さない。
「邪魔だから消すのではないのですよ。むしろ逆です」
 赤い唇は弧を描き、こちらを哀れむかのような眼は細く歪む。
「トム=テリートス。あなたは教員としての才に恵まれ、同僚や生徒の人望も厚い。あなたがいなくなれば多くの者が嘆くでしょうね」
「戯言を!」
「いいえ。そんな貴方だからですよ。ここに来たのがメテオスだったら私の計画は大幅に狂ってましたから」
 ニーデルディアの体から黒いオーラが湧き上がった。
 風もないのに、その綺麗な黒髪も纏っている外套もバサバサとなびいている。
「まさか、俺が帝都に出向いた事自体が罠だというのか・・・・・・?」
「言ったでしょう? 全ては私の計画通りに動く駒だと。そのために必要なんですよ、あなたの死が」

 

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