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WORST UNIT 4
第四章 黄昏の犯行(2)

 

 翌日の昼休み。いつもなら混雑している学生食堂も、先日の体育館崩壊の影響で低学年は午前授業で帰らされ、おかげでガラガラだった。
「うっわー。いつもこれくらいすいていたらいいんだけどなー」
「不謹慎な事を言うな」
 相も変わらず気楽なジャナルにクラスメイトのカーラ=カラミティがたしなめる。
「ちぇっ、何だよ。いつもは混んでるからここで買った物をわざわざ教室にもって行かないといけなかったんだぞ。その手間を考えたらものすごく楽だろ」
「ま、確かにそうだけどさ、事情が事情なんだから素直に喜んだらダメだろう」
 同じクラスにして紅一点でもあるカーラはとりわけ生真面目な性格だった。かといって決して分からず屋というわけではなく、言動はかなり大雑把だ。おかげで気を遣わなくてすむ。
 この日はジャナル、イオ、カーラ、そしてノリが基本的に分かっていない男・ヨハン=ローネットといったいつも通りのメンバーで食事をとることになった。最近はジャナルの謹慎などがあってか、4人全員がそろうのが難しい。
「なあ、ヨハン。後でちょっとあたいの宿題見てくれない? 分からないところがあってさ」
 ハンバーガーをほおばりながらカーラがヨハンのほうを見るが、返事はない。
「宿題一つに真面目なやつだな」
「違うぞ、ジャナル。こいつの目当ては他でもない、ヨハ」
 言い終わらないうちにカーラの鉄拳がイオの頬に美しくきまる。修理したての眼鏡が華麗に宙を舞った。
「分かった。図書館に本を返した後なら付き合ってやる」
「え、本当? やったあ、言ってみるもんだ」
 そして何事もなかったようにカーラとヨハンの会話は続く。
「おーい、大丈夫かイオ」
 イオは椅子に座ったまま倒れていた。よろよろと身体を起こし、眼鏡をかけなおす。
「いってー。しかも完全無視かよ」
「けどカーラの奴、宿題以外にも色々特訓とかにヨハンに付き合ってもらってるらしいぜ。俺なんか何回勝負挑んでもことごとく断られるのに」
 ちなみにヨハンの断る主な理由は、面倒くさい・気が乗らない・一人になりたいのどれかである。普通の人間は数回断られたら縁ごと切ってしまおうと思うくらいの理由だ。
 ジャナルとイオは食事をしながら楽しそうに会話するカーラとヨハン(というか、ヨハンは無表情すぎて楽しんでいるのかどうか怪しいのだが)をしばし眺めてから無茶苦茶な推論を出し始めた。
「つまるところ2人はデキてるって事なのか?」
「まさか。あのヨハンだぞ? ガラじゃないだろ。大体カーラのどこに惚れたんだ? 胸だってないし」
「胸どころかあいつには女の色気すらねぇ。さっき俺を殴ったのだって男の腕力そのものだ。大体傍から見てさわやかカップルには見えんだろ」
 ジャナルは頭の中でカーラとヨハンが幸せそうな笑みを浮かべながら花畑の中を追いかけっこしている絵を思い浮かべた。
 カップルと言われて連想する、きゃっきゃうふふな典型的イメージ映像そのものである。
「なんか、こう、嫌なものを想像しちゃったぞ、俺」
「だろ? 良くて野郎同士のカップルと思われるのがオチ・・・・・・どわっ!」
 再び眼鏡が華麗に舞った。今度はジャナルの赤い帽子も一緒に飛んだ。
「おーまーえーらー」
 カーラの周囲に怒気と殺気の入り混じった闘気が湧き上がる。本気という名の殺意だ。無論、ここで2人に止めを刺したとしても誰も彼らに同情はしないだろう。
 その時、実にタイミングよく(?)校内放送が流れた。
『各クラスのクラス委員に連絡します。只今から臨時集会を開きますので至急、第3会議室に集まって下さい。繰り返します』
「集会? 何だってこんな時に?」
 イオが面倒くさそうにスピーカーの方を見た。彼はこう見えても一応クラス委員である。
「まだ食事すら終わってないのに。誰だ、責任者は」
「けど食っとかないと午後、身体持たないぞ」
「分かってる。嫌な役割だよな」
 イオは食べかけのサンドイッチを片付け、かわりに食堂のカウンターから数錠の栄養剤を受け取り、それを口の中に放り込むと、そのままダッシュで食堂を後にした。

 

「あーあ。なんでいきなり呼び出しなのよ」
 同時刻、魔術科召喚術コース8年生のクラス委員であるジェニファア=ライヤーは忌々しげに呟いた。ややきつい目つきが特徴的な少女だった。
「まあ確かに昼休みの呼び出しはテンション下がって嫌なのは分かるけど、何もそんなに嫌がらなくたって」
 同じクラスのアリーシャ=ディスラプトがそんな彼女を見ながら不思議そうに尋ねた。
「違うわよ。私が嫌なのはあいつと顔を合わせなきゃならないってコト」
「あいつって?」
「イオ=ブルーシスに決まってるでしょ!」
 ジェニファアが机をバンッと叩く。その大きな音に周囲が驚いた。
「会議中に人の揚げ足は取るわ、提出する書類はかなり適当だわ、一番許せないのは私が彼氏と別れたことを思いっきり茶化しおって! あいつ絶っ対シメてやるんだから!」

 

 各クラスのクラス委員が全員そろうまで7,8分かかった。
「なんであんたが隣にいるのよ」
「知るか。ここしか空いてなかったんだから」
 窓際最後尾の長テーブルで突っかかってくるジェニファアをイオは軽くあしらいながら部屋の中を注意深く観察していた。さっきから妙な違和感を感じるのだ。
 昼間だというのに窓は全部シャッターが下りている上に分厚いカーテンが閉められている。まるでこの会議の内容を外部に漏らされたくないみたいに。
 それにこの第3会議室という場所だって変だ。この学園には重複したときのために会議室が3つあるが、はっきり言って会議が3つも重なる事などほとんどない。実際、イオがここへ来るまでに第1・第2会議室の前を通ったが、使われている気配はなかった。
「全員そろったようだな」
 室内に入ってきたのは戦士科槍術コース8年担任であるメテオスだった。心なしか妙に落ち着きがないように見える。
「これからお前たちにある仕事をしてもらう。が、その前に、ジェニファア=ライヤー」
「はい」
 促されてジェニファアが立ち上がる。
「お前に一つ聞こう。お前らクラス委員の存在意義は何だ?」
 あの性悪なメテオスの事だ。どうせ何を言っても絶対に難癖をつけてくるに違いない。やれやれお気の毒にと思いきや、イオの予想はあっさりと打ち破られた。
「クラスの運営を円滑にするのと同時に、学園における治安を守るために秘密裏に任務を行う事も仕事の一つです」
「よろしい。そしてこれから言う事はその秘密裏にやってもらう任務だ」
 ジェニファアがそのまま着席する。イオは何か言ってやろうとジェニファアの方を見て、驚愕した。

 目が、生きていない。

 あわてて周囲を見回すが、皆、彼女と同様に前方にいるメテオスの方に視線を集中させたまま、微動だにしない。
(これは、一体?)
 パニックになりかけた頭を振りながら無理矢理冷静を保とうとする。一体皆に何があったのか。何故自分だけが平静でいられるのか。
(まさかメテオスの仕業なのか?)
「先日の体育館が大破した事件の事は知っているな。お前らの任務はその犯人を秘密裏に始末する事だ」
メテオスは淡々と任務とやらの内容を説明している。イオはだんだん嫌な予感がしてきた。
「お前らの中には知っている人間もいるだろう。その犯人の名は剣術コース8年のジャナル=キャレス。奴を始末しろ」
(なんだって?)
 これにはイオも耳を疑わずにはいられなかった。というより、冗談だと思いたかった。
 確かにジャナルは人騒がせな性格だ。はっ倒したいと思った事も山ほどある。
 だが、それでもやっていいことと悪いことくらいは良識のある人間なら分かるはずだ。しかも、自分の手を汚さずに一部の生徒にそれをやらせるつもりなのか。
 それにジャナルが犯人だという事にも少々解せない。確かにあの現場にはジャナルを含むクラス全員がいたが、犯人を決定付ける明確な証拠などなかったはずだ。
「具体的な方法だが、各員配置を・・・・・・ん?」
 運が悪い事に、イオはメテオスと目が合ってしまった。あわてて目をそらすが、時すでに遅し。
「ここにいる人間は意のままに操れると思っていたのだが」
 コツコツと靴音を立てながらメテオスが近づいてくる。
 ヤバい。イオの危機感は絶頂にあった。
 理由はさっぱり分からないが、メテオスは本気だ。本気でジャナル暗殺を目論み、その障害になりうるものは本気で始末しようとしている。
「皆、そいつを捕らえろ」
 メテオスの声に反応して、その場にいた全員が立ち上がった。
 最早考えている余裕はない。イオはこの場から逃れるべく、会議室の扉に向かって走り出した。
 それを阻止せんと生徒たちが一気に襲い掛かってくる。掴みかかってくるものならまだしも、ここは戦術学園。武器やら魔法やら出られると無傷では済まされない。
「どわっ!」
 後ろから羽交い絞めにしようとした生徒を振りほどこうとしたとたん、前方から魔術科の生徒の放った火炎弾が飛んできた。
(冗談じゃない!)
 イオは床を転がり、直撃を避けると、素早く体制を整えた。手には三角形のバッジが握られている。
 そして、なおも猪突猛進にこっちに飛び掛ってくる数人の生徒に向かってその手を突き出した。
「起動『ヤミバライ』!」
 バッジが一瞬にして銀色のレイピアに変形し、最前列の生徒の顔を横殴りにする。
 相手は操られているだけで罪はないとはいえ、躊躇していれば本当に殺される。イオは向かってくる相手を剣で薙ぎ倒しながら逃げ道を探す。
(何とかして逃げ出さなければ!)
 ここ、第三会議室は職員棟や各学科の教室のある校舎から離れているので、大声で助けを呼んだところで誰も来ないだろう。
 活路をどうにか切り開かなければ。ヤミバライを振り上げようとしたとたん、
「!」
 剣を持った右手が動かない。見ると、太い植物のツタが右腕に巻きついて自由を奪っている。
 いや、右腕だけではない。ツタは床から恐ろしい速さで這い出してイオの両足に巻きつき、あっという間に全身を捕らえる。
「ジェニファア! てめえ!」
 操られた生徒達の中に魔術師用のステッキを片手にこちらを見ているジェニファアが見えた。心なしかその表情は嘲笑っているように見える。
「散々てこずらせおって。だがこれで終わりだ」
 メテオスが生徒たちの間を割ってイオの方へ近づいてくる。イオはどうにか逃げようともがくが、絡みついたツタはびくともしなかった。
「何の冗談だよ、これは! てか、俺らに殺人やらせるつもりかよ! この人でなしの悪徳教師!」
 その言葉にカチンと来たメテオスは間を入れずイオのほほを思いっきり殴った。
「知った口をきくな。私は学園のためにしているのだ。それを台無しにしおって!」
 メテオスはイオの胸倉を掴むと、再び殴った。
 無茶苦茶な逆恨みだ。ジャナルの暗殺が学園のためになるのかどうかはともかく、一部の生徒を操って利用する作戦が失敗したのは明らかにメテオスの過失だ。それでもメテオスは自分が正しいと思い込んでいるのか、憎々しげにイオをにらみつける。
 そしてしばらくにらみつけた後、何かを思いついたらしく、今度は含みのある笑顔でイオの前髪を引っ張って顔を上げさせた。
「なんなら、お前が殺してみせるか?」
 え?と聞き返そうとしたとたん、下腹部にメテオスの拳がめり込んでいた。思い衝撃が走り、イオはそのまま気を失った。

 

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