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襲撃

WORST UNIT 6
第六章 絡まる因果と崩れる絆(6)

 

 アリーシャが出口に辿り着いた頃には既にジャナルの姿はなかった。
 本当に段取りもなく勝手に行動開始したジャナルには腹が立ったが、どの道共に行動すると、アリーシャも共犯扱いにされる危険も高い。まあ、ジャナルは他人の気配を察知する能力に長けているのでつかまる可能性は低いが、問題はディルフ合流後、もしくは失敗した際の脱出口だ。当然その頃には警戒態勢が一層強化されることが予想される。
 彼女がすべきことは、彼らの逃げ道を確保することだ。それも学園側に悟られないように。
「呪文魔術科だったら瞬間移動とか使えるんだけどなー。ま、この警戒態勢じゃそういう系統の魔術を無効化するセキュリティくらいはやってるだろうけど」
 魔女の『力』でセキュリティを無効化するという手もあるが、多分その前に気付かれる。
 となると、一番妥当なのは適当な頃合を見て混乱を起こし、学園の目をジャナル達からそらす作戦だと彼女は結論付けた。
「なるべく地下の入り口に近い場所で、なおかつ騒ぎを起こしても犯人が特定しづらいってのも条件だし、あまり無関係の人を巻き込んでもまずいし」
 考えてみると、条件に沿った場所を選ぶのはなかなか難しい。どうしたものかと考えながら歩くアリーシャだが、少し進んだ所で足を止める。
「カーラ」
 行く手を阻むかのように、あのカーラが立っていた。いつもの活発さは何処へやら、表情は暗い。
 そして何故か両手には、一本ずつ長さの違う小太刀が握られている。
「な、何してるの? 校内での具現武器(トランサー・ウエポン)は授業以外使っちゃ駄目なんじゃ」
「討伐隊には許可が出てる」
 小太刀を構えながらカーラは冷たく言い放った。
「悪いけどアリーシャ、あんたにも捕縛命令が出てるんだ!」
 言うなりカーラが仕掛けてきた。
 間一髪で後ろに跳んでよけるが、攻撃の手は休まらない。
「起動・ピースオブフォース!」
 わずかな隙を突いて、アリーシャは魔術師用の長い杖である具現武器(トランサー・ウエポン)を起動させ、攻撃を食い止める。
「カーラ! どういうこと!」
「ごめん」
 アリーシャは理解できなかった。こんな所で戦う理由もなければそもそも敵対する理由もない。何より自分もディルフ同様、学園にマークされていることに驚いた。
「うっ!」
 小太刀がアリーシャの腕を掠める。瞬間、ものすごい勢いで力が抜けていくのを感じた。
(そういうタイプの具現武器(トランサー・ウエポン)か!)
 とにかく接近戦はこちらが不利、ましてや長期戦になると戦局どころか状況そのものが悪くなる。
「風精霊(ゼム)!」
 突撃してくるカーラの足元を狙ってカウンター代わりに突風で吹き飛ばす。
 完全に不意を疲れたカーラは、後方数メートルまで飛ばされて、そのまま落下した。
(今のうちに!)
 アリーシャと、傍らに召喚された風精霊(ゼム)、どう見ても鶏サイズのダチョウにしか見えないが、とにかくそれは走り出した。
 だが、十歩も走らぬうちに、風精霊が甲高い声を上げた。
「!」
 アリーシャの真上に、剣を振り下ろそうとしているヨハンが宙にいた。攻撃を仕掛ける前に、ギリギリの所で転がって避けるアリーシャ。
「外したか」
「外したか、じゃない! ドタマかち割る気か!」
 だがヨハンは、例のごとくキレモードに入りかけたアリーシャを無視し、ようやく起き上がったカーラの方を向いた。
「おとりならもっと真面目にやれ。いくらお前の『呪詛蛇』でも使い手がこの様では意味がない」
 アリーシャは呪詛蛇の掠った腕に手を当てた。まだ少し血が滲んでいたが、感覚は元に戻っているようであった。
 触れた相手の感覚を奪う具現武器(トランサー・ウエポン)。まともに喰らえばそれだけで致命傷だろう。
「ヨハン、これは一体どういうこと? 納得できるように説明しな! すっとぼけたり見当違いな答えだったら魔法でぶっ飛ばす」
「お前の望む説明が出来るとは思わないが」
 アリーシャの鋭い視線に、冷たく無機質なまなざしで答えるヨハン。相容れる余地はそこにないと示していた。
「学園側は信用すべきではないって言っても?」
「それでもだ。それに俺は学園の味方をするつもりはない」
「都合のいいことを! 学園側についた時点でお前らは学園の犬も同然だろ! ええい、もうこっそりあのバカのサポートとか考えるのはやめた! 討伐隊は片っ端から潰してやる!」
 こうして戦士科最強の天才剣士VS魔術科最恐のブチ切れ召喚師の異色な戦いは始まったのである。

 

 そんな戦いが始まろうとしている最中にジャナルはというと、無事誰にも見つからずに地下へ辿り着き、長い一本道の廊下を走っていた。
「そーいやこの先は地下闘技場だったっけな」
 廊下を走りながら最終追試のことを思い出す。
 あの時は校長やトムの立会いの中、ニーデルディアの呼び出したブラッディオークと戦う羽目になり、冗談抜きで死にかけた。いや、今思えば『アドヴァンスロード』がなければ全身の骨を折られて死んでいたから、ニーデルディアは最初からこうなることを予測していたに違いない。
 だが、ジャナル本人も知らなかった『力』をニーデルディアは何処でどうやって知ったのか。それにジャナルに宿った『力』をどうやって手にする気なのか。『アドヴァンスロード』は宿主であるジャナルにしか使えないというのに。
 更にいえば制する魔女曰く、ジャナルに宿った『力』は何らかの封印作用で第三者の手に渡すことは不可能だという。
「ということは、だぞ? 総会長は封印の解き方を知っているということになる、のか?」
 だからといってニーデルディアに封印をといてもらうというわけにはいかないが。
 あれこれ考えているうちに、ジャナルは例の闘技場の扉の前に辿り着いた。罠がないことを確認してから、そっと扉を開ける。
(きっと中ボスはいるだろうな。このパターンだと)
 相変わらずだだっ広く、真っ白な空間の中に一つだけぽつんとたたずむ人影があった。
「ディルフ?」
 そこにいたのは中ボスでもなんでもなく、助けるべき相手であるディルフだった。
「お前、こんな所で何やってんだ? まあいいや、探す手間が省けたし、とにかく脱出するぞ」
 だが、ディルフはそれに従おうとせず、具現武器(トランサー・ウエポン)・ビリーブレイブを起動させた。
「ディルフ!」
「相変わらず鈍い奴だな。ここで俺と戦うってことなんだよ」
 いうなり、長く伸ばしたビリーブレイブを振りかざし、切りかかってきた。
「マジかよ!」
 とっさにジークフリードで攻撃を受け止めるが、ディルフの力は思っていたよりも強い。弟と舐めてかかると痛い目に遭いそうだった。
「何でお前学園側についてるんだよ? せっかく助けに来てやったのに!」
「うるせー! お前に助けられるくらいなら死んだ方がマシだ!」 
 無論、16歳の一般学生の言うことなどハッタリ以外の何物でもない。でなければ捕まった時点で自決している。
「それにな、このまま放っておいてもお前は討伐隊とか自警団に殺される」
「だったら尚更戦う理由なんてないだろ?」
「だからこそあるんだよ。お前が殺される前に決着つける必要がな!」
「なんでだー!」
 無茶苦茶だ。そんな話があるか。ディルフの攻撃をかわしながらジャナルは思った。
 会話中にも戦いは続いていた。下段を狙ったビリーブレイブの渾身の一撃を跳んでかわし、続いてくる切り返しをジークフリードで弾き返す。
 リーチの差を考えると、刃渡りの長いディルフの武器の方が有利なのだが、ジャナルにはディルフよりも多くの経験と鋭い勘がある。問題点があるとすれば、ジャナルの精神面であった。
 今のジャナルの中にある『アドヴァンスロード』は、彼が意識・無意識を問わず、思っただけで発動してしまう状態である。
 軟禁中、制する魔女の指導(?)のおかげで、日常生活ではある程度制御は出来るようになったものの(何のことはない。強く発動しないと念じるだけ)、こういった余計な事を考える余裕のない緊急事態に、全力で戦いながら『アドヴァンスロード』を抑えるように念じるのは難しい。
 かといって、手を抜けばジークフリードが弱体化する。
 難儀なことに、このジャナルの剣・ジークフリードは、戦う相手が自分より格下と判断するとナマクラ以下になってしまうのであった。
「どうした。さっきから防戦一方じゃないか。真面目に戦え!」
「俺はいたって真面目なんだけどな」
 ディルフはジャナルの事情など、全く知らない。尤も説明した所で信用もしてくれないだろうが。
(全力で吹っ飛ばしたら下手すりゃ死ぬしな)
 カニスのときもそうだったが、『アドヴァンスロード』は意外と役に立たないな、とジャナルは思った。むしろこの場合、足手纏いの何物でもない。
「はあっ!」
 ジャナルが反撃に転じた。だが、ディルフはそれをビリーブレイブで受け止める。金属がつぶれる様な鈍い音がした。ナマクラと化したジークフリードの先端が少し曲がっていた。
(まだ弱い!)
 ディルフの攻撃は猪突猛進そのものだ。攻撃が途切れることがない。
 しかも、執念なのか根性なのかスタミナが一向に落ちる様子もなかった。
 まあ、ジャナルにとっての救いは、その長い武器ゆえに攻撃のモーションが大振りだということであった。おかげで割と攻撃が見切れるのである。
(要は倒せばいいんだ。相手が死なないよう、全力で)
 隙を突いてジークフリードの平突きを繰り出す。
 すると、今度は強すぎた。ただの突きのつもりが無意識に発動した『アドヴァンスロード』によって強烈な衝撃波を巻き起こし、ディルフの真後ろから10数メートル離れた闘技場の壁に穴を開けたのだ。
「ぐあっ!」
 ディルフはというと、直撃は避けたものの、左腕に裂傷を負った。
「おい、平気か?」
 平気なはずがない。だが、プライドが高いディルフのこと、痛みをこらえながらジャナルを睨みつける。
「そうか。それが先公達の言う呪われた『力』なのかよ」
「そういうことだ。だから」
 だから戦うのはよそう。こんなもの目の当たりにすれば誰だって戦意を失う。どうやっても勝ち目がない。
「だったらこれで心置きなく戦えるというわけだ」
「なんでそうなる!」
 こいつ、本当に馬鹿だ。戦う理由もないのに、勝てない相手に立ち向かう。しかも勝っても何の得にもならず、負けると痛い目に遭うだけだ。
「黙れ! はっきり言って邪魔なんだよ、てめえは! いつもいつもどれだけ迷惑しているのか分かってるのか! お前が総会に目を付けられたせいで俺の生活めちゃくちゃだ! 頭のぬるい先公達に説教聞かされて馬鹿な自警団には追い回され! てめえという馬鹿と兄弟、ただそれだけの理由で! それなのに!」
 痛みが半端ではないのだろう。ディルフの息は切れ切れになっている。
「それなのに、どうして、こんな馬鹿を助けようとする奴がいるんだ! 今まで逃げ切れたのは誰かがお前に手を貸してやったからだろ? 俺が捕まったのを知ったのだって、教えた奴がいるからなんだろ?お前に協力すれば捕まるかもしれないってのに!」
「な、何のことを言ってるんだよ!」
 ジャナルは当惑した。
 確かにディルフの言う通り、今までジャナルが無事だったのは彼を助けてくれる協力者がいたからだ。だがそれがどうしてディルフの怒りを買うことになるのか、さっぱり理解できない。そうでなくてもディルフは必要以上にジャナルに突っかかってくる言動が多いが、何も彼を助けてくれる人間まで突っかかることもないだろうに。よほど自分が嫌いな兄を助けるという行為が気に喰わないのか。まあ、協力者といっても、アリーシャにフォードにリフィ。それから魔女。だが、ディルフは魔女の存在は知らないはずだから彼女は除外。それにフォードとリフィもほとんど面識がない。そうなると残ったのは、
「つまらないお喋りは終わりだ! 次で絶対に決める!」
「勝手に自分で喋っておいてこれかよ!」
「うるさい!」
 ディルフが地を蹴り、飛び掛る。
 ジャナルの方は構えたまま動かない。
(頼む、上手くいってくれよ)
 ジャナルは、彼の脳天めがけて空中からビリーブレイブが振り下ろされるのを見た。
(今だ!)
 ディルフの一撃が当たるか当たらないかという際どいタイミングで、ジャナルは身体を90°反転させて回避する。この時、ジークフリードは左手に持ち替え、空になった右手は握り拳を作ってディルフの身体の方に突き出した。
「っ!」
 拳は見事腹部に直撃。
 そして左手に持ち替えたジークフリードは、ビリーブレイブの刃を根本から砕いていた。
「こっちは『力』を使ってないぜ。お前が飛び込むのにあわせて腕を伸ばしただけだ」
 声を上げることなく、ディルフの身体が崩れ落ちる。ジャナルはそれを片手で支えて地面への衝突を防いでやった。
「最初っからカウンター狙ってたのかよ」
「まあな。相手の力を利用して、自分は最小限の力で勝つ。正に大昔、弱小だった今の帝国が少数精鋭で隣国の巨大軍用船『獣翼号(じゅうよくごう)』を制したエピソードそのものだな」
「なんだそりゃ」
 ジャナルが言いたいのは『柔よく剛を制す』の事なのだろうが、根本的に何かがおかしい。大体そんな史実は存在しない。
「ま、どっちにしろお前の負けだ。ビリーブレイブも壊れたらどうにもならないだろ」
 ディルフは地面に落ちたビリーブレイブの刃を見つめた。
 ものの見事に根元からパッキリと折れている。修理に出すか、買い換えるか。いずれにせよすぐにどうにかなるものではない。
「分かった。けど今回だけだ。次は絶対ぶちのめす」
 嫌いな兄に従うのは不本意だが、ディルフは素直に負けを認めるしかなかった。

 

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