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裏庭バトル。

WORST UNIT 7
最終章 『最悪』の終止符(2)

 

 学園が混乱に陥っている中、例の立入禁止の裏庭で、一人静かにたたずむ若い女がいた。
 学園教育総会顧問錬金術師・ルルエル=セレンティーユである。
 彼女の視線の先にあるものは、ただの草むらだ。あのチンピラ3人組が強奪したサンダーブレードのせいで少々焼け焦げた跡が残っているものの、特に珍しい風景ではない。だが、彼女は食い入るようにその一点を見つめている。かつて、その場所にあったものを心の中で描きながら。
「あれはつい最近撤去されたようだ。もう置いても意味がないからな」
 背後でルルエルに話しかける男の声がする。だが、彼女は振り向きもせず、「そう」と返事した。
「2年も壊れたあれを放置する方がある意味凄いわ。査定からマイナスしなきゃ。で、どうしてここが分かったの?」
「たまたまここへ来たらお前がいただけだ。学校に居残ってセキュリティに引っかかって出られなくなるのを回避するためという実に安っぽい理由で無断で作られた、地下通路を使ってな」
 背後からタバコの煙の匂いがした。
「もう遠回しに言うのはやめだ。魔物を手引きしたのはお前だな?」
 男の口調が鋭くなる。
 ルルエルは答えなかった。が、男は構わず続けた。
「物的証拠はない。だが、魔物の襲撃のタイミングが絶妙すぎる。ディルフが捕まり、それをジャナルが救出に向かえば、学園や自警団の連中の意識はそっちに向くしな。そういう風に仕向けたのはニーデルディアの危険性を命がけで訴え、皆の戦意を煽った総会員・お前だ」
 沈黙。
「それにニーデルディアは狡猾で鋭い。部下である総会員一人を見逃すほど間抜けなはずがない」
「わざとそういう風に仕向けたかもよ?」
「だとするとなおさら怪しいだろ。答えろ。お前とニーデルディアはグルなんだな?」
 再び沈黙。今度は少し長かった。
「参ったわ。お手上げ。まさか君に見抜かれるとは思わなかった」
 文面上では大人しく観念しているように見えるが、口調は刺々しかった。
「だが何故だ? 何故ニーデルディアに加担する? 奴にとっては全ての人間は駒や道具だ。お前もそれは分かっているはずだろう?」
「分かってるわよ、それくらい」
「だったら何故だ!」
 用済みになれば始末される。生き延びたとしても人がルルエルを裁くだろう。それくらい誰でも簡単に予想できる。
「理解できないって顔ね。見なくても分かるわ。けどね、私は自分の選択を貫き通すし、曲げたり譲ったりもしない」
 そこまで言ってようやくルルエルは振り返って男の方を見た。腕輪の石が光り始める。
「これで私とあんたは完全に敵同士。邪魔者は消えてもらうわ、フォード=アンセム!」
「そういう所は変わってないな」
 男・フォードはタバコを携帯灰皿の中にもみ消して捨てると、かつての恋人と改めて向き合った。
 最早、話し合いの余地は無かった。ルルエルはなんとしてもフォードと戦うつもりだろうし、フォードはなんとしてもルルエルを止めたかった。
「起動・ジャスティスト」
 フォードの手に、背丈ほどの巨大な武器が握られた。
「本当にこれを相手に戦う気か?」
 刃の部分が巨大で槍なのか刀なのか分かりにくい具現武器(トランサー・ウエポン)・『ジャスティスト』を構えながらフォードは問いかける。
「お構いなく。ディルフ君の時は余裕だったから」
 対するルルエルの武器は例のマテリアルアーツだ。今は細身の双振りの剣に姿を変えている。
 とはいえ、対格差がありすぎる。一般生徒と大差ないディルフと違い、フォードは身長が190近くあり、かなりの筋肉質である。
 おまけに彼の在学時の成績はトップクラスで、並の人間では歯が立たないと言われるくらいの腕力の持ち主だと言われていた。
 それでもルルエルに退く気が全くないのは明らかだった。
 むしろ、何か勝算があるのか、体格差のハンデなど気にしていないように見える。
「負けたら恨みっこなしで勝者に従う。面倒なのは嫌だし、それでいきましょ」
「同意した!」
 先に仕掛けてきたのはフォードだった。巨大な刃を軽々と扱い、ルルエルに向かって振り下ろす。
 ルルエルは剣を構えたまま後方に避け、すかさず攻撃に転じるが、やはり力の差というハンデは大きく、あっさりと弾かれてしまう。
 こうなると必然的に彼女は防御と回避に専念せざるを得なくなってしまう。それなのに、表情は焦りや動揺といったものが一切感じられない。押されているのに極めて冷静である。
「さっすが。ディルフ君とは大違い」
 ルルエルは、二本の剣を盾に変形させた。体が半分隠れるくらいの大きな盾だ。
「それで防ぐ気か!」
 フォードは大きく振りかぶってからジャスティストを横に薙ぐ。盾ごとふっとばす気だ。彼の腕力を持ってすれば容易い事であった。が、
「かかった!」
 ジャスティストの刃がルルエルにもう少しで届きそうな所で、盾から無数の棘が伸び、フォードの手足を貫いた。
「ふっふっふ。引っかかった~」
 ルルエルはこのチャンスをずっと待っていたのだ。変化自在の武器・マテリアルアーツだからこそ、そして武器の特性を知り尽くしているルルエルだからこそできる戦法である。
「勝利を確信した瞬間が最も危険な瞬間。いい名言だわ」
「それはお前にそっくり返す」
「えっ!」
 手足を貫かれたのにもかかわらず、フォードはジャスティストを強引に振り回し、盾から伸びる棘を斬り落とした。続く一撃で、盾本体を吹き飛ばし、最後にルルエルの首に刃を突きつける。
「決まりだ」
 武器が手元から離れた以上、ルルエルの負けである。
「殺さないんだ?」
「あいにく殺人犯にはなりたくない。お前こそさっきの攻撃わざと急所を外しただろう」
「自分の手で直接汚すのが嫌いなだけ。生理的に気持ち悪いから」
「勝手な奴」
 フォードは武器をしまいながら苦笑した。その後、少し目を閉じてから空を見上げた。
「話してくれるな、何もかも」

 

「29、30!」
 空から襲い掛かる魔物を魔法で片っ端からぶっ飛ばすアリーシャ。周りは魔物の死骸と血溜まりが散乱している。既にヒロインの居場所でも役割でもないような気がするが、アリーシャは一対多数という状況を見事ひっくり返した。体力と魔力の消耗も半端ではなかったが。
「割とてこずったな」
 アリーシャの横に、いつの間にか『制する魔女(テンパランサー)』がふわふわと宙に浮いていた。
「いきなり勝手に現れんなぁ! あんたが出てくるだけで私の魔力はどんどん減っていくんだから!」
 成り行きで魔女と契約を結んだとはいえ、魔女の召喚はものすごいエネルギーを消耗する。しかも勝手に実体化する辺り、始末が悪い。
「安心しろ。一部の魔力はこいつらの死骸から回収している。質はかなり落ちるがこの際仕方ない」
「で、何の用? 現れたからにはこの状況を打破するアイデアでもあるとか?」
 アリーシャは苛立っていた。こっちは一刻も早くジャナルと合流したいというのに。
「ニーデルディアはここから西、距離約200の位置にいる」
「分かんの?」 
「今から奴を討つ」

 

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