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襲撃せよ!

WORST UNIT 7
最終章 『最悪』の終止符(3)

 

  一瞬、何を言われたか理解できず、アリーシャの思考が止まった。
「ちょ、ちょっと待った! 今はジャナルの方が先でしょ! それに相手は魔物を統率できるほどの力の持ち主だし、私ひとりではかなり分が悪いって!」
「30もの魔物を斃してピンピンしているような人間のセリフにしては弱気だな。いいか、よく聞け。奴の目的は『アドヴァンスロード』を手にすることだ。そして私の目的は『アドヴァンスロード』を永遠に眠らせることだ。ここまでは分かるな?」
「だったら尚更ジャナルの方が先でしょーが!」
「馬鹿者。邪魔者を始末する方が先だ。どの道奴を倒さねば解決にもならんからな。幸い奴は『アドヴァンスロード』の対となる私の存在には気づいていない。実行するなら今しかない」
 魔女の言うことは危険性という点を除けばきわめて正論。そして迷っている時間もない。
 結局、魔女の意見が当然のように通り、アリーシャはニーデルディアのいる学園の西に向かった。
 実際、ニーデルディアの居場所は魔女の言ったとおり学園の西側に位置する魔術科の校舎2階のベランダにいた。
 まさか自分の使っている校舎にいるとは。あの部屋は確か三年生の教室だが、中にいる生徒は無事逃げ出せたのだろうか。アリーシャは物陰から様子を伺っていた。
 当然討つとなると奇襲だ。それも相手が戦闘態勢に入る前に倒す必要がある。
 いや、倒すなんて生易しいものではなく、暗殺する気でないとまず成功しない。
 当たり前といえば当たり前だが、殺人は正当防衛や相手が重犯罪者であること以外は犯罪である。尤もこの場合、ニーデルディアは重犯罪者もいい所で、彼を討つ事は正当防衛なのだから誰もそれを責めたりはしないだろうが、いざ暗殺となると、正常な精神を保つこと事態相当困難な事である。
 勿論アリーシャに殺人の経験など、ない(半殺しなら山ほどある。主にジャナルに対して)。
 今、一人の少女が平和のために、その禁忌を犯そうとしている。普通の人間なら躊躇する、しかし躊躇を許されない禁忌を。
(絶対仕留めてやる。ぶちのめして粉々にして、死体が残らないくらいに。となると破壊力抜群のアレで・・・・・・いや、殺傷力のある魔法の方がいいかも。それも、血の雨が降るくらいの凄いやつを。)
 もとい、躊躇など全くしていなかった。アリーシャは勢いよく飛び出し、杖を振り上げる。
「行け! 火精霊(サラマンデル)!」
 杖の先から巨大な火の玉が生まれ、ニーデルディアに向かってまっすぐ飛んでゆく。次の瞬間、ベランダが耳を割くような音と共に爆破された。
「ふむ」
 ニーデルディアは宙に跳んで攻撃を回避していた。爆風を利用して空中で体勢を整える。
「こんな小手先の召喚術で倒せると思っ・・・・・・なんだと?」
 そのままテレポートで逃れようとするが、何故か上手く発動しない。
「お前の魔力は『鎮圧』させた」
 空中に、鋭い眼光でニーデルディアを見据える、制する魔女(テンパランサー)の姿が見えた。
「貴様は!」
 ニーデルディアの言葉が途切れた。魔女に気をとられた僅かな時間の間に、真横から大きな影が迫っている。
 反射的にそちらを見ると、金色の竜が大口を開けているのが見えた。
「魔女も火精霊(サラマンデル)も囮! 討て、皇龍(こうりゅう)!」
 アリーシャの叫びと共に、眩いほどの怪光線が竜の口から発射され、ニーデルディアの身体を真っ二つに貫き、上半身と下半身に分かれた身体はそのまま地面に落下した。
「やった! ・・・・・・うっ・・・・・・」
 疲労で一瞬意識が途切れ、その拍子に皇龍と魔女の姿が消える。魔力はとっくに限界を超えていた。
 地面にへたり込み、荒れる呼吸を整えるアリーシャだが、すぐに立ち上がり、神経を研ぎ澄ませた。
 殺気に近い気配を感じる。
(まさか!)
 そんなはずはない。最強の召喚術により胴体を真っ二つにしたのだ。生きているはずが無い。だが、ふと地面を目にやると、そこにあるはずのニーデルディアの死体が忽然と消えていた。
「後ろですよ」
 振り返ったとたん、見なければ良かったという無駄に近い後悔をした。
「まさかただの召喚師が魔界の二大秘術師とも言われるテンパランサーと手を組んでいたとはね。しかし魔族が人間の味方をするとは。そもそも彼女はとうの昔に死んだはずなのに」
 アリーシャは凝視したまま動けなかった。
「ああ、この身体ですか? 刺激が強いのは大目に見てやってください。それとも血や贓物の方がお好みですか?」
 そういう問題ではない。ニーデルディアの首から上、手首足首から先の部分は確かに人間のものと違わないが、それ以外の部分、即ち胴体にあたる部分は濃度の高い邪気を含んだ黒い霧。覆われているのではなく、霧そのものがニーデルディアの身体なのだ。
「あ、あんたは一体!」
「『人間』の小娘にしてはやりますね。さて、どうしましょうか」

 

 そしてその頃、我らが主人公ジャナル=キャレスはというと、学園に向かって全力疾走中だった。
「なーにが我らが主人公だよ。最終話だってのにここまでほったらかしにしてさ」
 赤いジャケットは砂と泥にまみれ、シャツは汗まみれ、本人はおしゃれなつもりでつけているパイロットマフラーも乱れに乱れている。
 何とかディルフと共に地下空洞を脱出したはいいが、出口は街から3キロも離れた鉱山地帯。街の方を見ると、煙が何本も上がり、爆音さえ聞こえてくる。
 只事ではないと大急ぎで街に戻ると、入り口で何故か見たことすらない首長竜に襲われた。
 ジャナルはともかく、ディルフは手負いの上、武器も壊れてしまって戦う術が無い。このままだと足手まといなので武器になるものを探して来い、と口実を作ってようやくディルフを逃がすことに成功し(実はこの説得が一番苦戦した)、後は『アドヴァンスロード』を借りて、首長竜を倒したのである。
「経緯まで端折るな!」
 ニーデルディアが魔物を引き連れて襲撃していることを知らないジャナルは、友人知人の安否の確認のため、そのまま学園へ向かった。この緊急事態だ。無駄な危険を冒してまで指名手配犯を捕まえようとする者などいないだろう。
 そして今に至るのだが ・・・・・・
「どわっ!」
 突然横から黒い影が飛び出して来た。ジャナルは慌てて立ち止まろうとするが、勢いあまって尻餅をついてしまう。
「危ないな! って、いや、マジ危ないから!」
 ジャナルの鼻先に剣が突きつけられた。
 何事かと思い、上を見上げると、そこにいたのは鬼気迫る表情のヨハンだった。
「あのー、これは一体何の冗談で?」
「冗談ではない。ジャナル、俺と戦え」
 それこそ何の冗談だ、と言いたいが元々ヨハンは冗談の通じない人間だ。戦士科に入ってから彼とは長い付き合いだが、冗談を言った場面など一度もない。
「今こんなことしている場合じゃないだろ・・・・・・ひぃっ!」
 ためらいも無く剣でジャナルに突きをかますヨハン。間一髪でかわせたが、ヨハンは本気だった。
「大体どうして俺らが戦わなきゃならないんだよ! お前が討伐隊に入ったのは知ってるけど、アレはスパイじゃなかったのか? 俺の無実を証明するための・・・・・・・っておわあ!」
 再び突きが飛んで来る。今度はジャケットの袖が少し裂けた。
「カーラはそうかもしれないが、俺は違う」
「なんでだよ!」
 ヨハンの態度にはショックだった。当てにしていたわけではないといえば嘘になるが、少なくとも自分の無実は信じてくれると思っていた。それも他人の意見に左右されないようなヨハンが討伐隊の言うことを鵜呑みにしていることが信じられなかった。
「お前がどう思おうと関係ない。重要なのはお前の持つ呪われた『力』だ」
「俺だって好きで呪われてるんじゃない!」
「だがそれは魔族のものだ。魔族は人間の敵。魔族の『力』も然り。ここに存在してはならない」
「けど!」
 ジャナルは言いかけて、やめた。
 昔からヨハンは魔族と言う単語に異様なまでの敵意を示す。
 本人の話によると、彼は幼い頃に目の前で両親を魔族に殺され、自分も死にかけたという。その後、彼は母方の祖父母に引き取られ、以後はそういった悲劇とは無縁の生活を送っているが、未だトラウマは癒えぬままだというのか。
 とにかくヨハンにとっては魔族に関わるものは何であっても『敵』なのだ。 そこはジャナルも理解していた。
 だが、だからと言ってそのトラウマのために仲間を敵に回すと言うのは納得がいかない。実際この事件でジャナルは望んでもいないのにイオやカニス、それにディルフと戦う羽目になった。普段から顔を知っている彼らと命のやり取りをするという事がどんなに不毛なものなのかヨハンは全く分かってはいない。実戦授業の組み手とは訳が違う。
 面倒なことに、ヨハンは無口なくせに言い出したらきかない。説得が無理だとなると、取るべき道は一つ。ジャナルは観念して、ジークフリードを抜いた。
「それでいい」
 ヨハンも自分の剣・デュエルナイトを構え直す。
 勝算は微妙。何せ相手はヨハンだ。
(『アドヴァンスロード』を使ったら勝てるだろうけどなあ。でもここで使うのもまずいだろうしなあ。どうにかうまい事切り抜けられる方法があれば)
 などと考えている間にヨハンが攻撃を仕掛けてきた。
「おわっ!」
 危なっかしいながらもジークフリードで攻撃を弾くジャナルであったが、反応が僅かでも遅れていたら急所を一突きにされていた。
「いきなり何するんだよ!」
「お前が剣を抜いた時点で戦いは始まっている」

 

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