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WORST UNIT 7
最終章 『最悪』の終止符(5)

 

「俺たちが生まれた頃、魔族による人間狩りが盛んな時期があったのは授業で習ったな?」
 ジャナルは黙って首を振った。
「この話は終わりだ」
「ああ、嘘! 嘘です! 授業は寝てたけど名前は知ってる!」
 それすらも嘘くさい。
 まあ簡単に説明すれば、人間狩りとは魔族が捕食や人体実験、果ては単なる玩具を得るために次々と人間を狩るという、書いて字の如くのものだが極めて残酷な行為である。
 主なターゲットは力の弱い女子供、もしくは高い魔力を秘めた者。魔力を食する魔族にとってはこれほど上等な獲物はない。
「俺の母はまだ俺が胎内にいた頃にその被害にあった」
「マジ?」
「母は生きたまま腹を裂かれ、魔族共は胎内にいた俺を人体実験の被験体にした。魔族の手による究極な尖兵を造りだすために」
「・・・・・・」
「人間を魔族化させ、己の手駒にする。俺はガラス筒に放り込まれて怪しい色の薬を投与され、肉体をいじくられて、人として生まれてくるはずだった俺は、半ば魔族の肉体を持ってこの世に生まれた。身体に埋め込まれたそれもそのときの物だ」
 信じられない話だった。身近に、しかも長い付き合いの友がこれほど重大な秘密を抱えていたのだ。ジャナルは今の話がどこまで本当なのかと、現実逃避じみた事を考えてから、ヨハンが言うなら本当なんだなと思い、首をぶんぶんと振った。
「気味悪いか?」
「え? いや、全然!」
「お前の『力』も他人から見ればそんなものだ」
「がーん。そういうもんだったのか」
 ヨハンは構わず続けた。
「この肉体は筋力は勿論、五感も頭脳も並の人間より強化されている。だから当時の出来事も記憶に残っている」
「まさか天才剣士だって言われてるのも?」
「元の素質を勘違いして勝手に連中が騒いでいるだけだ」
 確かにヨハンにとっては迷惑な話である。
「話を元に戻す。人間の肉体の改造に成功しながらも奴らは致命的な失敗を犯した。それは精神制御。肉体が強靭でも命令を聞かない兵など何の役にも立たない」
 しかも都合の悪い事に、洗脳を試み、中途半端に精神をいじくると暴走し、かといって強引に意識を鎮圧させると判断力・分析力といったものまで消えてしまうという。これでは存分に力を発揮する事ができない。
「結局魔族は、被験者の人格を消滅させてから、一から兵器にふさわしい人格を構築させるという方法をとる事を選び、俺はまたその実験台にされた。来る日も来る日も邪気を浴びせられ、気が狂いそうになった。そして限界に達そうとした時、事件は起きた。合成魔獣の暴走だ」
 ヨハンの無機質な瞳に憎悪の色が走る。
「複数の人間を魔獣と融合させて作り出した悪魔の産物。人間の脳もいくつかそのまま融合させたものだから、精神制御が効かなかったのだろう。その魔獣は研究所内を暴れまわり、施設を壊した後、俺を外に連れ出した。その魔獣は俺に金の指輪を託した後、力尽きた」
 ヨハンはコートの詰襟の中から金の指輪を通したネックレスが取り出した。所々擦り切れているが、指輪にはヨハンの姓であるローネット家の家名が刻まれていた。
「あれは母だった。魔獣の素材にされても僅かに意識が残っていたんだ!」
 ヨハンはそれ以上何も語らなかった。だが、ジャナルはそれですべてを悟った。
 彼が魔族を憎む理由は単に親の仇だからというわけではない。自分の中の魔族を否定する事によって、本来得るはずだった人としての生と誇りを取り戻したかったのだ。例えそれに何の意味もなかろうと、それがヨハンの全てであった。
「軽蔑したか?」
「いいや」
ジャナルはきっぱりと即答した。
「正直、実感わかないんだ。だけど、俺だって魔族の『力』持っちゃっただけで命狙われたり、知っている奴が敵に回ったりするの正直嫌なんだよ。なんていうか、うまく言えないけど、ちょっとそんな事情があるだけで軽蔑なんて、納得いかねえよ」
 ジャナルの言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。どこの世界でも異質なものは疎外されるという、悲しき常識に反抗するようなそんな願いがこもっていた。
「ジャナル。剣を取った方がいい」
「また決闘かよ!」
「違う。敵がそこまで迫ってきている」
「げっ!」
 言われるままに気配を探ると、殺意の混じった邪気がそこまで迫ってきている。ぐにゃりと空間が歪み、そこから何本もの腕を持つ身の丈3メートルの巨大な魔物が現れた。
 魔物の腕には全て剣が握られており、どことなくその形はジャナルのジークフリードに似ている。
「せっかく今いい事言ったと思ってたのに! しかもその武器俺のジークフリードと被るじゃないか! つーかパクリかよ!」
 憤慨しながら剣を構えるジャナル。どうやら本当に早い所ニーデルディアを何とかしないと街はこんな凶悪な魔物で溢れかえるだろう。
「普通の魔物より邪気が濃い。これも奴の作戦か。ジャナル、ここは俺一人で食い止める。お前は早くニーデルディアを探せ」
「ちょ、ちょっと待て! 今剣を抜けと言ったのはヨハンだろ?」
 ヨハンは手負いの状態だ。いくら人より強いといわれても分が悪い。
「お前の『力』なら誰よりも安全確実にどうにかできるのだろう? ここで足止めを喰らっている場合ではない」
「けど!」
「いいから行け! 奴はきっと学園のどこかにいるはずだ!」
 怒鳴ると同時にヨハンは巨大な魔物に斬りかかっていた。相手の持つ剣の嵐をかいくぐり、傷の痛みにこらえながら応戦する。
「ちっ!」
 ジャナルがすべき事は彼に加勢する事ではなく、彼の期待に応える事だ。迷っている暇はない。
「頼んだ、ヨハン!」
 隙を突いてジャナルは剣を持ったまま走り出した。
 ヨハンは横目で彼の後姿を見送りながら、満足そうに、ほんの僅かだが、笑った。
 だが、それはすぐに苦痛に変わる。魔物の発する邪気がどんどん彼の精神を蝕んでゆくからであった。
(これでいい。俺が邪気で狂ったらあいつに斬りかかりかねんからな)
 圧倒的不利な状況にいながらも、ひたすら一撃必殺の機会を狙うヨハンであったが、魔物の懐に飛び込もうとした瞬間、彼の身体から鮮血が噴出した。
「ここまでか・・・・・・」
 同型の魔物がもう一体、いつの間にかヨハンの背後に現れ、背中から剣で一突き。
 身体を貫かれ、身動きが取れなくなったヨハンの眼に、正面の魔物が剣を振り下ろすのが映った。
 それが、彼の見た最期の光景だった。

 

「私、うちは権力が欲しかった」
 座り込んだままルルエルはポツリと呟いた。
「まだそんな事を。お前は昔からそう」
「眼の色が黄色いってだけでどれだけ苦労したか知らないくせに!」
 ルルエルは怒鳴ったあと、うつむいた。泣いているのか、肩が震えている。
「すまない。失言だった」
 黄色い瞳の一族(ニミアン)。その単語はフォードも知っていた。
 それはニムという帝国辺境の地に住む民族の総称で、彼らは長い歴史の中で他の人種から迫害を受けてきた。
 彼らの特徴はその名の通り黄色い瞳。それ以外は一般市民と変わらない。特別な能力もなければ、身体的ハンデもない。その上彼らの瞳は、幼少時は金色に近い鮮やかさと輝きを持っているが、歳をとるにつれその輝きは褪せてゆき、壮年・中年と呼ばれる頃になると殆んど一般人と変わらない茶色へと変わる。
「失言ついでに言うが、ニミアンの迫害は現在では禁止されているはずだ。今じゃ歴史の教科書の隅っこに載る程度、子ども世代の奴らは存在すら知らない事実だ」
「うちらの世代ではそうでも、上の世代は別なんよ」
 ルルエルは拳で涙をぬぐうと顔を上げた。
「学校いたときも年寄りの先生からは嫌な目で見られたし、総会に入ってからも不当な扱いを受けた。そいつらを黙らせるんは奴らより出世して実力を見せ付けるしかないんよ。地位と権力がなければうちは人として扱ってくれない。だから総会長派になった」
 馬鹿馬鹿しくも悲しい、とフォードは思った。
 地位と権力。それはかつてフォードがニーデルディアに対して拒んだものだった。
 後悔はない。そんな胡散臭い権力など必要ないのだから。
 だが、ルルエルはそれを全て理解した上で地位と権力を欲した。それが例え多くの人々を破滅に導く事に繋がろうとも。それほどまでに、ニミアンの迫害は彼女を追い詰めていたのだ。
「うちが総会長に提供したのは3つ。アドヴァンスロードの『力』を探索するための魔法技術。それから肉体に『力』を封印するための石。それから、心を殺す弾丸」
「心を殺す?」
 ルルエルは静かに言った。
「『マインドスナイプ』っていう、昔作った憑依悪魔の技術を応用した、宿主の心を打ち砕く代物。総会長にとって最大の障害はほかでもない、宿主の意思。『アドヴァンスロード』を扱えるのは宿主本人だけだから。だから宿主の意思を殺して意のままに操る事ができれば、手にしたも同然ってわけ」
 つまりニーデルディアが本当に手にしたいのは『力』そのものではなく、『力』を扱える傀儡だったのである。
「今すぐそれを破棄しろ、今すぐ!」
「もう遅いわ。弾丸はもう一人の内通者に渡しちゃったし。誰も気付いていないようだけど、学園側にもスパイはいたんよ。厳密にはうちが権力を餌にそそのかしたんだけど」
「止める方法は?」
「狙撃を阻止する以外なし。もしくは弾丸が失敗作であることを祈るだけ。まあ、後者はありえんけど。なんせうちが作ったんだし」
 フォードは唇をかみ締めた。元凶は目の前にいるのだが、彼女を責めた所で無意味だ。
 狙撃者、この際ターゲットのジャナルでもいい。とにかく早く見付けねばならない。すぐに『共犯者』を聞き出し、走り出そうとする。
「待って!」
「なんだ、まだあるのか?」
「この際だから言うわ。うち、あんたが成績優秀で人望も厚い優等生で、その上貧乏くじ引きまくりのお人よしじゃなかったら付き合わなかった」
「そうか」
 フォードは、振り返らなかった。
「それでも俺はお前といて楽しかった。今でもそう言える」

 

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